溺れるクジラ/万能グローブガラパゴスダイナモス

 

待ちに待ったガラパの新作を観てきた。

書かないと消化できない感じだったので、

つらつらと感想を書いてみようかと。

 

(誰も読まないブログだけど一応)ネタバレです。

 

舞台はあるゲストハウス。

そこに宿泊する5人の女性。

5人はある誓いをたてる。

隠し事はしないこと。

でもひとつだけ、嘘をつく。

それがどんなことでも、決して追求はしない。

 

これがなんなのか、正直、観た直後はわからなかった。

 

最初に刺さって泣いてしまったシーンは、結構はじめの方。

野村愛子の告白。

まとわりつく佐藤鈴のイメージ。

その存在が現れた瞬間からすぐに全て理解できた。たぶん私に1番近いのがこの野村さん。

楽しいと現れてしまう呪い。

どんなに時間がたっていても、鮮明に思い出せてしまう。大事な脳のメモリをこんなことに使うなんて馬鹿らしいのだけど、呪いだからどうしようもない。

冒頭で野村さんは佐藤鈴を追い返すのだけど、もちろんこれくらいで消えてくれるような呪いじゃない。

もっとずっと根深くて、おまけに知らず知らずのうちに、自ら大事に箱にしまっていたりする。

 

そして、たまにあけてしまう。

 

大事にひとつひとつ取り出して、丁寧に眺めて、深く絶望したあとに、また丁寧にしまうのだ。なんて馬鹿なんだろう。

 

物語の終盤、佐藤鈴が事故で死んでしまう。

あんなに死んでくれと願っていたのに、いざ死んでしまうと行き場のない気持ちだけが残る。

亡霊みたいに。

結果的に、彼女のことを1番想っていたのが自分だなんて、本当につらい。

おまけに、ごめん、だなんて。

いじめていた人間は、いじめた相手にどうやって罪を償えば良いのだろうと考えた。

だって、謝ってほしくなんかない。謝られたって許せないのだから。永遠に憎むべき対象であり、間違っても良い人になってもらっては困る。

心の底から死んで欲しいと願うのに、死なれてしまっては困るんだ。これが呪いでなければなんなのだろう。

 

 

一緒に観に行った人と、

そのあと食事に行ったのだけど、

メニューの中の蟹のクリームパスタを見て、

蟹好きだけど甲殻類アレルギー、って、なんの話だったっけ??と私がいうと、

その人は、それ、結構大事な気がする、と考えこんだ。

この人と観に行けて良かったなあと思う。

 

愛情と憎しみは共存しますか??という相談だったはず。

彼女の告白は、野村さんほど深く掘り下げられない。

一度見たときには気づかなかったけど、

そうか、憎んでいたんだな、と気がついた。

 

そして、

あ、そうか、

みんなで殺したんだな、と気づいたのは

観劇した次の日。

 

みんながついた嘘は、

きっとごんちゃんを送り出したあとの台詞。

立派な船だねと言いながら

ボロくて小さい船が沈んでいくのを眺めていたんだろうか。

 

ごんちゃんはなぜ船に乗ったんだろう。

もしかしてそのときには…

そしてなぜしのぶさんは一緒に船に乗ってしまったんだろう。

 

 

思い出せないのが、

ごんちゃんを船に乗せる前、彼は誕生日を迎えていたのかどうか。

27歳になっていたのかどうか。

 

27歳で死んだら、27クラブに入ってしまう。

いれたくなかったんじゃないかと思ったのだけど、どうなんだろう…。

 

最後の5人のそれぞれの台詞、

ここをもう一度聞きに行きたいなあ。

ここに全てが隠されている気がしてきた。

 

あとの3人は???

美容師は共感したがりな女?

あーー辿り着けそうでたどりつけない。

やっぱりもう一度みたいなあ。

 

この話で1番共感したのは、

せっかくCDを持ってきて語り合いたい気持ちになってるのに、YouTubeで聴いてる!と言われて複雑な顔になる野村さんかな!w

あと1stが良いんです!ってとこ!w

そう、だいたいね、1stが良いんだよね笑

 

あと男性陣なーぜったい見落としてる箇所があるぞ。

DVD出るのが楽しみ。

 

POOLSIDE DOG / フレデリック

 

プールほど情緒的に絵になる人工物ってほかにある?

いや、たぶんたくさんあるんだけど、、

 

プールって良いよね、

冷たくて、

たっぷり水がはって、

きらきらしてゆらゆらして、

あおくて、

塩素のにおいがして。

プールサイドって歌詞にはいっていたら良い歌な気がするし、プールが出てくる映画は良い映画な気がするし、プールを組み込んだデザインはだいたい素敵な気がする。

プールサイドって言葉もなんかいい。

ちなみに今は冬。さむい。

 

POOLSIDE DOGはフレデリックの曲の中では人気曲とは言いがたいけれど、私は1番好きかもしれない。いやー峠の幽霊越したかなーもしかして!

久しぶりに聴いたら、やっぱりいい曲だなーと。

いま、外はめちゃくちゃ寒くて、厚手のコートを羽織ってマフラーをぐるぐる巻きにして聴いていたのだけど、それでも、

真夏のくらくらする日差しとか、

ゆらゆらする陽炎とか、

プールサイドで反響する黄色い声とか、

朦朧とする意識、

やっぱり塩素のにおい。

そんなのが全部全部鮮明に浮かんでくる。

まったく違う場所で生きているのに、共通の感覚を抱けるのって面白い。

全然わけわかんない歌詞だから、言葉にはできないし、映像を浮かべるのもすこし難しい。

でも「感覚」をはっきり受けとれる。

…あれ、これってめちゃくちゃすごいことじゃない…??

本でも映画でもなく、音楽ならではの感想かもしれない。

 

夏の歌だけど、爽やかな夏ではなくて

じっとりとして朦朧としてるんだよね。

そして自分のいる場所も曖昧でふわふわしてる。教室の中かもしれないし、プールサイドかもしれない。夢か現実かもわからない。

プールサイドで、犬が溺れているのを、ただぼんやり眺めている歌。

漂う水面が、より曖昧さをふかめてる。

まさにリアルな思春期の真夏の歌だと思った。天才かよ。

 

だいたい流行りのいろんなものは、キラキラしすぎてる。新海誠とかチームラボとかが流行るのはだいたいおんなじ理由だと思う。

日本人はもう少し引き算が必要じゃないですかね。どこから眺めても完璧に作り上げられたものなんて、本当は面白くもなんともないのに。

意図して作り上げられた感動を、用意してもらわないと泣けないなんて、なんだかなーと職業柄考える。悪口言いだしたらまた尖ったナイフかよとか言われるからやめとこ…

 

 

なんかそんな綺麗な世界じゃなくて、

超現実的で人間的な共感を起こし、なおかつ不思議な心に訴えかける何かを残したこの歌、やべーんじゃねーかなーって。すごくないですか。

もやもやと心にしこりを残していく。

圧倒的共感とともに、あ、なんだか、ものすごく大事なことに、気づける気がするぞ、なんだろうこれ、なんだろう…って、考える余地を与えられる。すごい、良い歌だなと、思いました。

 

わたしは、せっせとナイフを研ぐことにします。

 

 

 

Sleep till Afternoon / DSPS

DSPS、

台湾のバンドなのだけど、永遠に聴ける。

日本語訳をずっと探していたのだけど、

よく見たらYouTubeの概要欄に載っていた。

新譜は日本盤が出てるのではやく買わないとなー

 

Sleep till Afternoon のサビの歌詞がとても好き。

 

自転車をこいで、

風が吹いて、

右側には田んぼが、

想像のあなたが左に

 

 

和訳は全然詩的に訳されていないけど、

誰かの意思が間に入るよりはその方が良い。

瑞々しくて好きだなあ。

 

 

 

 

まったく、恋愛体質ではないのだけど、

本当に久しぶりにものすごく好きに思える人に出会ってしまってとても辛い。

人の痛みはわからないので、なんだかみんなかろやかに生きれているように見えるけれど、

本当はどんな想いなんだろう。

私もそれなりに周りに悟られずにけろっとした顔をして生きている。

 

大事なポジションには、いられていると思っているんだけど自惚れかしら。

悲しいのに嬉しくて、私にとっても大事な人なので、あっさりきることも出来ない。またどれだけひきずるのかな。しんどいなあ。

へったくそだなって、もはや友達も笑ってくれなくなってきた。

 

単細胞生物がぐずぐずに崩れて尽きていく動画を見たよ。

脱社畜/好きなことを仕事にすること

社畜って言葉が嫌い。

嫌悪感。

理由はよくわからない。

世間的な社畜の定義もよくわからない。

そもそも「家畜」が好きじゃないからかもしれない。

なんとなく好きじゃないなあとずっと思ってたのだけど、こういうの、きちんと深く考えないとなって気持ちに最近なっている。

まあ、ただただ好きな人の影響。

ほんとに影響されやすい。

 

とっても物事を深く考えられる人だから、

話していると自分が浅はかに思えてくる。

考えを整理したくて、2年前に一度だけブログを書いたことを思い出し、掘りおこしてみた。ちょっと、書いてみることにする。だーれも見てないし。気楽だなー

 

 

さて、社畜、私は社畜に分類されるのか。

 

単純に労働条件でいくと、そうなんだと思う。

残業だらけ、安い給料、突然の休日出勤。

正直しんどい。生理とまるし。

突然の徹夜に備えてお泊りグッズは常備してる。この世で最も色気のないお泊りセット。

 

でも好きな仕事ではある。

やりたくてやっている、とは思う。

しんどいけど。

 

たまに言われる。

「好きなことできてて良いよねー!」

「仕事が楽しくて仕方ないんでしょ?」

そうだよね、私もそれを望んでいたし、そう思われたかったはず。

 

でもそう言われると、反論したくなる。

楽しくなんかないよ、しんどいことばっかりだよ!

言ってて悲しくなる。

いったい何がしたいんだ私は!!

そうだね、仕事楽しいよ!大変なこともあるけれど、やりがいがあるから毎日楽しい!

そう言えば良いのに。

 

私はやりたくて望んでここにきた。

と、同時に、他の場所では生きていけなかった。

私はこれしか出来なかった。

他のところで居場所を作れなかった。

 

やりたいことできて良いよね、

毎日楽しいでしょ?

そう言われる度に、

違う、私はあなた達のように生きられなかったから、探して探してやっとここに来たんだよ。

そんな気持ちだったのかも。

 

でもそれも贅沢なことなのかしら。

 

 

 

仕事の不満を言ったら、

でも、好きなことやってるんだから我慢しなよ

と言われたことがある。

きっと、その人は「社畜」なんでしょう。

あーやだやだ、ほんとに嫌い、この言葉。

 

そう考えると、

私は自分のことを社畜ではないと考えていて、

自分ができない働き方をしている誰かのことを

社畜だなんて称することへの嫌悪感なんだろうか

 

いや、働き方改革だよ。

日本人はもっと働き方考えるべきだよ、社畜になっちゃいけないよ。

それはほんとにそう、その通り。

でもなんかさーーなんかさ!嫌なの、社畜って呼ぶの、すごく嫌なの。

 

はあちゅうさんとか、イケハヤさんとか、大好きだし憧れる。こういう人達か、社畜やめようぜ!とかいうことってすっごくありがたいことだと思う。脱社畜サロン、興味あるもの。

でも、ただただ単純に、社畜という単語を見るだけでもやりとする。

心がざわざわする。

 

 

結局、自分に自信がないことがすべての原因なのかもな。私なんかが、社畜だなんて言葉、誰かに対して絶対言えない。

あぁ、やっぱりきらい。

もう二度と言わないぞ、きっと。

 

 

 

ベーコンエッグとシェービングヒーロー/FoZZtone

大人になったら、もう少しいろんなことがうまくいくんだと思っていたけど、

漠然と思っていたけど、

もちろんそんなことはなくて

ダメな部分が浮き彫りになっていくだけだった。

好きな人とは好きになるだけうまくいかなくて、世間とのズレに苛まされて

思春期みたいな悩みをいつまでも抱えたまま年齢は大台にのりそうだ。

まわりは子どもだっているのに。


仕事は好きだけど愚痴は尽きない。

ずっと仕事したいとも思うし、

いつまでもこんなことしていられないとも思う。


お金はいくらあっても足りないと思うのに

欲しいものはと言われるとピンとこない。


幼稚なまま大人になってしまった。



悲しくなったら聴く曲がある。

ベーコンエッグとシェービングヒーロー

日々を丁寧に生きるための歌。


悲しみがないと生きられないのに、悲しみに食われてしまっても生きられない。


渡會さんの村上春樹愛から生まれた曲なのだと思うけど、彼の根本にある考え方なのかも、と思う。

丁寧にヒゲをそって、

丁寧にベーコンエッグを焼き、

きちんと朝ごはんを食べる。

普通に生きるのは難しい。

私でないものに全て奪われるなんて馬鹿みたい。

軽やかに暮らしたい。

本当はどんなに重くても、

どろどろしてても。







好きな人がちっとも脈がなさそうなので、

ベーコンエッグとシェービングヒーローを聴いてどうにか自分を保ってます、というだけの話でした。

I want you so bad/Return to Earth_FoZZtone

FoZZtoneのReturn to Earthを聴きたくなった。

購入したのは、もう2年も前。でもしっかりと聴いていなかった。

 

確か店着日には買いに走ったはず。

まぎれもなく一番愛しているバンドの新譜。

そわそわし過ぎてちゃんと聴けなかったんだと思う。良いものを受け入れるためには最善の準備を尽くしてから、と思っているし。

 

そうこうしているうちにFoZZtoneの活動休止が発表された。

 

解散したバンドの最後のCDが聴けない。買ったものの聴いていないものがいくつかある。

昔からドラマの最終回が見れなかったり、本を読むのを途中でやめたりすることはある。楽しい時間が終わるのが嫌だから。

CDを聴けないのはそれとはちょっと違う。亡くなった人のさいごに立ち会うのが恐かったり、別に好きじゃなかったなんて思い込んでみたり、そんな気持ちに似ている。悲しみを受け入れるのが、こわくて逃げているんだと思う。

 

とはいえ、活動休止が発表された時、ちっとも悲しくなかった。

そうだよね、お休みも必要だよ。だけどはやく帰ってきてね。

そんな風に思うことにしていた。今考えると思考停止していたんだと思う。とても器が小さかったんだ。

曲自体はライブなりyoutubeなりで結構聴いていたのだけれどね。

Gloriaなんかは、渡會さんのソロライブでよくやってくれるし。

 

 

聴かなきゃ、と思ったきっかけは、12月23日原宿vacantでのHANDSOMEのライブ。

HANDSOMEは結成当初からずっと観たくてたまらなかったけれど、なにぶん住まいが東京から随分距離があるので行けなかった。だからこの日が初HANDSOME。

この日、渡會さんは青い炎を歌ってくれた。

何となく、その時、Return to Earthを聴かないと、と感じた。今の私に必要なものがあるような予感がした。遠征中のためすぐには帰れないので、歌詞サイトを開いて読んだ。全曲、じっくり読んだ。身体中がぞわぞわした。顔があつくなった。

 

今は聴きながらこれを書いている。

きっとこの人たちは、たくさんの苦しいことや悲しいこと、ひとつひとつときちんと大事に向き合いながら生きているんだろう。すぐに逃げ出す私とは違う。

暗いし悲しいし重くて辛いのに、優しさに満ちている。

救ってくれようとしている。

渡會さんの声が、今まで以上に深みを増していて、とても優しい。

涙が出るとかじゃない、心の奥の方がじわっと解凍されていく感じ。

まさに今の私が聴くべきものだった。2年前の私にはない感情だったと思う。

前を向かなきゃ。

 

東京にいる間に、Song of the Sea という映画を見た。

アイルランドの長編アニメーション。

この映画の世界観と、このアルバムは少し重なるところがあると思う。少なくとも私はそう受け取った。全体的に寒そうなせいかも。

フクロウの魔女が、苦しみ悲しみから逃げたくて感情を吸い取ってしまうのだ。とても迷惑な奴だけど、私と同じだ、と思った。

人間は悲しみがないと生きられない。

だから、上手に向き合って生きなきゃいけない。

 

 

青い炎のラスト、I want you so badという歌詞がある。so badってどう訳すっけ?馬鹿な私はとくに考えずGoogle翻訳にぶち込んだ。

 

“あなたが欲しくて堪らない”